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2013年4月13日 (土)

エジプト大使館へ行ってきました

エジプト大使館
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日本にとってエジプトは、エネルギー安全保障上において重要なパートナーである。

エジプトを起点に日本の歴史があり、中東諸国が日本と親日であることを述べていく。

エジプトはフランスとともにスエズ運河を1869年に開通させるのだが、その財政負担により自律的な経済的に決定的な打撃となり、その結果イギリスの進出を招いた。

そのイギリスは日本の同盟国であり、ロシアの同盟国であるフランスさえも中立であったため、1905年の日本海開戦でロシアのバルティック艦隊はスエズ運河を通ることはなかったのである。

バルティック艦隊はスエズ運河を通れないことで、南アフリカ経由の航海となり、6500kmも遠回りして、船の長旅で兵士は疲弊していたのである。
このことは、日本海開戦で日本を勝利に導いた大きな要素であることはいうまでもない。
そして、日本が欧米列強のロシアに対して勝利した事で、中東諸国はじめアジア諸国に大きな希望を抱かせた。
日本が最初に欧米列強に挑み勝利し、植民地からの開放する先駆者として各国に勇気を与えたことを忘れてはならない。

特に第2次中東戦争は、エジプトが単独で、イスラエル、イギリス、フランスと闘った独立戦争であった。このときエジプトは、スエズ運河地帯に駐留していたイギリス軍を撤退させる協定を結ばせる一方で、東西冷戦の主軸である米ソとも関わらない独立の非同盟国となった。開戦の翌年に国王を退位させ共和制となり、今のエジプト・アラブ共和国というエジプトの正式国名となっている。

また、日本は中東に対する恩義を忘れていなかった。
1948年から1973年までの間に4度の中東戦争が起こるのだが、欧米諸国は一斉に人材や資本を引き上げた。しかし、日本は西側諸国として唯一、政府開発援助やJICA(国際協力機構)による国際協力を続けた。

こういった背景からも、中東には親日感情を持つ人が多いという事実がある。

また、1953(昭28)年3月にメジャー支配に挑戦した「日章丸事件」がある。
日本と産油国との直接取引に挑んだ男がいたのだ。
その人物の名は、海賊と呼ばれた男「出光佐三」という偉大な人物である。
この武勇伝となった「海賊と呼ばれた男」という本は、本屋の店員が選ぶ2013年の本屋大賞1位となっている。
既に上下巻合わせて100万部を突破した感動の名作である。

「出光興産:社史」
http://www.idemitsu.co.jp/company/history/4.html



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